代理店から計測を引き継ぐとき、資料より先に確認すべきことがあります
代理店から計測を引き継ぐと、まず分厚いマニュアルが届きます。書いてある通りに設定を確認すれば安心できる、と思うかもしれません。実際に問題が起きるのは、マニュアルに最初から書かれていない部分です。
この記事を読むと、書かれていないことをどう見つけ、誰に何を確認すればいいかがわかります。
上場企業でマーケティング責任者を務め、月間1億円規模の広告費を統括していました。責任者になる前は自分で運用も担当していました。現在はMarket Engineering代表として、GA4/GTM/sGTM等の広告計測設計、広告運用代行、広告運用のインハウス移行を北九州・大阪の2拠点で支援しています。
計測の引き継ぎについては、私は両方の立場を経験しています。代理店から運用アカウントを初めて自分の目で確認した側と、外部の支援者としてクライアント向けの引き継ぎマニュアルを作った側です。
前者の経験は代理店のレポートを毎月確認しても、広告は最適化されないに書きました。ここから先の1〜4は、主に資料を作る側だった経験から書きます。ただし話の軸は、あなたが受け取る側として何を聞くべきかに置きます。
1. 資料を読み込む前に、「書かれていないこと」を3つ聞く
実際にあったこと
以前、クライアント向けに、新しい担当者がゼロから計測設定を再現できるマニュアルを作りました。参照元除外リスト、クロスドメイントラッキング、GTMのイベント設定、BigQuery連携まで一通りドキュメント化しました。ただし、設定した理由・既知の不具合・コンバージョンタグの一覧は、あえて本体に含めませんでした。
なぜ起きるか
理由まで書き込むと、文書がふくらみます。既知の不具合を書くと、直っていない前提のまま運用されるリスクもあります。汎用的な引き継ぎ資料としては、むしろ妥当な判断だと考えています。
確認すること
- この設定にした理由や背景は、資料のどこかに含まれていますか
- 現時点で把握している未解決の不具合やリスクはありますか
- コンバージョン計測に使っているタグの一覧を、すべてもらえますか
返ってきた答えの見方
3つとも「特にない」と即答されても、資料の質が悪いとは限りません。渡す側の合理的な判断であることのほうが多いです。ただし、そこにないことを前提に、自分で確認しに行く必要があります。
2. 権限移管は、パスワードより先に「誰の名義か」を確認する
実際にあったこと
以前、サーバーサイド計測の導入を提案したとき、初回だけ発注側が動く作業と、以降は支援側で完結する作業を分けた役割分担表を作りました(詳しくはsGTMの要否は計測精度では決まらない。決めるのは「誰がどこを触れるか」)。別の案件では、要件が固まったあとまで、広告アカウントの権限付与と、外部連携ツールの契約名義をどちらが持つかだけが未着手のまま残っていました。
なぜ起きるか
発注側の承認や作業が必要な項目は、作業自体は簡単なのに時間がかかります。たとえば、ドメイン設定の変更は数分で終わっても、承認に1ヶ月かかることがあります。制作会社が管理していたり、情報システム部門の申請フローを通す必要があったりするからです。
確認すること
- 各媒体の管理画面へのアクセス権限を、いつ・誰の名義に切り替えるか
- ドメインやDNSなど、社内の別部門や外部業者の承認が要る作業は何で、承認フローにどれくらいの期間を見込むか
- 外部ツールを使っている場合、そのアカウントの契約名義を最終的にどちらが持つか
返ってきた答えの見方
「あとで確認すればいい」と後回しにすると、他の作業がすべて終わっているのに、この1点だけでスケジュールが崩れます。早い段階で聞いて、進捗を追いかけてください。
3. 引き継ぎ直後は、合計の数字ではなく内訳を突き合わせる
実際にあったこと
引き継ぎ直後、あるプロジェクトで、広告経由の成果がGA4上で「広告」として集計されていないことがありました。
仕組みを1つだけ説明します。GA4には、訪問を広告・検索・SNSなどの経路ごとに自動分類する「チャネルグループ」という機能があります。分類のもとになるのは、広告のリンクに付けるUTMパラメータ(どこから来た訪問かを記録する目印)です。
このうちmediumという項目に「cpc」「paid」など広告を表す値が入っていないと、広告経由の訪問は広告として分類されません。このプロジェクトでは、まさにそのmediumの値が抜けていました。
なぜ起きるか
セッション数もコンバージョン数も、記録自体は正常でした。「その成果がどの広告から来たか」という内訳の集計だけが、ずれていたのです。総量だけを見ていると、この種のずれには気づけません。
確認すること
- 引き継ぎ前に、今動いている設定を内訳の粒度まで含めて棚卸しできているか
- 旧運用と新運用を一定期間並走させ、総量と内訳の両方を突き合わせているか
- 並走期間の数字にずれがないことを確認してから、旧運用を止めているか
- 切替後も、内訳の異常を定期的に検知できる仕組みが残っているか
返ってきた答えの見方
並走期間で見るべきは、合計の数字が一致するかではありません。媒体別・キャンペーン別・チャネル別に割ったときも一致するかです。
4. 切り替えは一度に終わらせず、段階を分ける
実際にあったこと
体制が全部整うまで一度に切り替えず、旧来のフローを残したまま並走させ、整い次第廃止する。そういう段階移行を選んだことがあります。
なぜ起きるか
範囲が広い引き継ぎほど、一度に終わらせようとすると、途中で計測が止まるリスクが上がると考えています。同じ構造は、代理店の乗り換えや、社内の複数事業部・拠点をまたぐ引き継ぎでも起きます。
確認すること
- 移行後のパフォーマンス比較は、自動入札の学習が落ち着くまで期間を空けているか(自動入札は送られてくるコンバージョンデータを学習材料にするため、設定変更直後は数字が一時的に不安定になります)
- 比較する期間に、他の施策や季節要因が影響していないか
- 体制が整っていない部分を残したまま、旧来のフローと並走させられないか
返ってきた答えの見方
ここから先は、記事を読んでも判断できません。自社の出稿履歴とカレンダーを照らし合わせて確認してください。
よくある反論への回答
「マニュアルさえもらえれば十分では?」
十分ではありません。1で書いたとおり、私はマニュアルの作成者として、設定理由・既知の不具合・タグ一覧を意図的に外したことがあります。あなたがその3つの不在に気づかず「マニュアルどおりに動いているから大丈夫」と考えてしまうと、そこが最初に壊れます。
「権限移管は情シスに任せておけば大丈夫では?」
任せること自体は問題ありません。問題は、任せた項目の進捗を誰も追いかけていない状態です。2で書いたとおり、要件が全部固まったあとまで、権限付与とアカウント名義だけが未着手で残っていたプロジェクトを、実際に見ています。
「AIにチェックリストを作らせればいいのでは?」
項目のリストは作れます。ただし、その回答が妥当な判断か手抜きかを見分ける基準までは出てきません。この構造はAI時代にコンサルへ発注する意味は、知識ではなく時間だったに書きました。渡された答えを評価する側に、経験が要ります。
「うちは1つの事業部が代理店を乗り換えるだけで、社内に移すわけではない。それでも同じ話ですか?」
同じです。4で書いたとおり、範囲が広がるほど段階移行を選んだほうが安全だと考えていますが、範囲が狭くても1〜3の構造自体は変わりません。誰が引き継ぎ資料を作り、誰が権限を持ち、誰が内訳の数字を突き合わせるか。代理店間の乗り換えでも、この3つは必ず発生します。
そのまま使えるチェックリスト
本文で挙げた確認項目をまとめました。引き継ぎの打ち合わせに、そのまま持ち込んでください。
- 設定にした理由や背景が、資料のどこかに書かれているか確認する
- 現時点で把握している未解決の不具合やリスクを聞く
- コンバージョン計測に使っているタグの一覧をすべてもらう
- 各媒体の管理画面へのアクセス権限を、いつ・誰の名義に切り替えるか確認する
- ドメインやDNSなど社内外の承認が要る作業と、承認フローの所要期間を確認する
- 外部ツールを使っている場合、契約名義を最終的にどちらが持つか確認する
- 今動いている設定を、内訳の粒度まで含めて棚卸しする
- 旧運用と新運用を一定期間並走させ、総量と内訳の両方を突き合わせてから旧運用を止める
- 切替後も、内訳の異常を定期的に検知できる仕組みを残す
- 移行後のパフォーマンス比較は、自動入札の学習が落ち着くまで期間を空ける
- 範囲が広い引き継ぎほど、段階を分けて並走させる
この記事の内容を自社に当てはめたい方へ。
1〜3のいずれも、前提として自社の計測が今どう動いているかを把握している必要があります。GA4の設定状況を10項目でチェックできる無料チェックリストを用意しています。
代理店からの引き継ぎを控えている、あるいは資料を受け取ったが何を追加で聞くべきか分からない。そうした段階の相談は、30分の無料相談で受け付けています。