計測の稟議が通らないのは、担当者の説明が下手だからではない

計測の必要性はわかっているのに社内で予算が通らない。原因は説明の巧拙ではなく、計測が予算の付く言葉に翻訳されていないことです。通る4つの文脈と、捏造せずに稟議へ書く数字の作り方を、実際にあった一件から整理しました。

計測の稟議が通らないのは、担当者の説明が下手だからではない

結論、計測に予算が付かないのは、あなたの説明が下手だからではありません。計測が、社内で予算の付く言葉に翻訳されていないからです。

そして翻訳できないのは、担当者の力不足ではありません。計測というものが、そもそも「改善」の顔をしていないからです。

上場企業でマーケティング責任者を務め、月間1億円規模の広告費を統括していました。責任者になる前は自分で運用も担当していました。現在はMarket Engineering代表として、GA4/GTM/sGTM等の広告計測設計、広告運用代行、広告運用のインハウス移行を北九州・大阪の2拠点で支援しています。


① 「そんなことあるわけない」で止まった話

会社員時代の話です。当時の部長から、こう頼まれたことがあります。「ツールがカウントしているコンバージョン数と、社内DBの実数に大きな乖離がある。調査してほしい」。

調べると、見当はつきました。コンバージョンではないイベントまで、コンバージョンとして数えられているらしい。月によっては、ツール上のコンバージョンは増えているのに、社内DBの実数は減っていました。

水増しどころか、方向すら合っていません。この状態でプロモーション戦略は立てられない。そう報告して、原因を特定するために社内のエンジニアの工数を借りたいと頼みました。

返ってきた言葉は、いまでも覚えています。

「そんなことあるわけないから、それでエンジニアは動かせない」

調査を依頼した本人が、調査の結果を信じませんでした。ツールの数字が実態と逆に動くことは、数字を並べた人間には見えていても、並べていない人には「あるわけない」ことなんですよね。

この話には続きがあります。この計測は、のちに直しました。結果、広告費を40%削減しながら、コンバージョン数は58%増えました。

壊れた数字に向かって最適化され続けていた広告費が、それだけあったということです。40%の無駄が眠っていても、直す前は「そんなことあるわけない」で止まる。これが計測の予算の現実です。

独立してからも、同じ場所で話が止まるのを見ました。大手企業のマーケ部門にいる知人に計測支援の話をしたときも、課題の認識は一致したのに、最後は「社内で説明できない」で終わりました。

ここから得た結論はこうです。誰も「計測」そのものには金を払いません。

中小企業の経営者は課題として認識せず、大手では担当者が認識していても正当化できず、決裁者は「あるわけない」の側に立つ。予算が付くのは、「広告の成果」と「止まる恐怖」の2つだけです。

② 計測は改善ではなく、保険とインフラだから

では、なぜ翻訳できないのか?

計測が施策ではないからです。入札を変えればCPAが動く。

LPを直せばCVRが動く。どちらも「増える」の言葉で書けます。

計測の修正は違います。数字が正しくなるだけです。

売上はその日には1円も増えません。稟議に書ける効果の欄が、構造的に空欄になります。

さらに厄介なのは、うまくいったときほど数字が下がる点です。二重計上を直せばコンバージョン数は減ります。

予算を取ってきた本人が、数ヶ月後に「CVが減りました。ただしこれが正しい数字です」と説明する側に回ります。かなりきついです。

もう一つ、計測は壊れても見た目が変わりません。サーバーが落ちれば全員が気づきますが、タグが外れてもサイトは普通に動きます。

自社サイトのCMSをCloud Runで動かしていて、プロセスが落ちてもコンテナが生き続けるために異常に気づけなかったことがあります(外形監視を入れるまで完全に見落としていました)。計測でも構造は同じで、気づくのは半年後です。

つまり計測は、改善施策ではなく保険とインフラです。保険とインフラは、事故が起きるまで誰も金額を認めません。担当者の説明力の問題ではなく、「増えるもの」しか評価できない稟議という仕組みの側の問題です。

③ それでも通る文脈は4つある

裏返せば、事故か、既に付いている予算への相乗りか、どちらかの形にできれば通ります。使えるのは次の4つです。

1. 移行。 サイトリニューアル、CMSやカートの入れ替え、MA・CRMの導入。すでに予算が付いている案件に、計測を工程として差し込む形です。

単独では通らない金額が、移行の一項目としてなら通ります。新規で稟議を起こすより、既存案件の要件定義書に1行足すほうがはるかに速いんですよね。

2. 障害。 CPAが理由なく急騰した。コンバージョンが特定の日から消えた。

役員に数字を聞かれて答えられなかった。このときだけ、計測は経営の議題になります。「止まる恐怖」が金額に化ける瞬間です。

出すべきは調査費ではなく、原因究明と再発防止をセットにした予算です。障害対応の予算は、火が消えると同時に閉じます。

3. 人。 設定した担当者が辞める、異動する、代理店を替える。誰も意図を説明できないタグが残ります。

これは「今の損失」ではなく「引き継げないリスク」として書けます。属人化とブラックボックス化は、大手企業の稟議で最も通りやすいリスクの言語です。

技術の話というより、誰がどこを触れるかという体制の話です。この論点はsGTMを題材にsGTMの要否は計測精度では決まらないにまとめました。

4. 自動入札への影響。 ここが本命です。

Google広告もMeta広告も、いまの主戦場は自動入札です。自動入札は、送られてきたコンバージョンデータを正解として学習します。

だとすると、計測が壊れているとき、機械は「壊れた正解」へ向けて最適化を続けます。二重計上されている経路に入札は寄り、取りこぼしている経路からは引いていきます。

これは「数字が汚れる」話ではありません。広告費の配分そのものが、間違った方向へ自動で最適化され続けるという話です。

計測の不備は、レポートの精度ではなく広告費の投下先を歪める。計測を広告費のROIの言葉に翻訳できる線は、私の知る限りここ1本だけです。

④ 稟議に書く数字の作り方(捏造せずに)

ここで「計測ミスによる広告費のロスは平均◯%」のような数字を出したくなります。やめたほうがいいです。出典を聞かれた時点で終わりますし、ズレ方は会社ごとに違うので平均値に意味がありません。

代わりに、式と空欄で書きます。載せるのは次の4つです。

1. 無駄額の試算式

想定ロス額(年) = 年間広告費 ×  推定ズレ率  × 影響を受ける経路の割合
                              ↑ ここは今わからない

大事なのは、ズレ率の欄を空けたまま出すことです。「自社で測るまでわかりません」と正直に書き、「この欄を埋めるための調査に◯万円」という形にします。断定した数字を書くと、その数字の妥当性の議論に論点がすり替わります。

参考までに、①のケースでこの欄の答えは「広告費の40%」でした。ただしこれは私の一例であって、あなたの会社の数字ではありません。だから欄は空けて出します。

2. 自動入札の誤学習リスク

「自動入札に預けている広告費の年額」と「その入札が学習に使っているコンバージョンの定義」を並べます。年間5,000万円を預けているなら、その学習データの品質を検証したことはあるのか、という問いになります。

3. 放置した場合に失うもの

データは遡って直せません。 今日タグを直しても、直るのは今日以降だけです。

半年放置すれば、翌年の予算計画を、半年分欠けたデータで立てることになります。「早くやるほど安い」ではなく、「遅らせた分は買い戻せない」と書きます。

4. 内製と外注の工数比較

内製の見積もりは、人件費ではなく「誰の何時間が、いつまで拘束されるか」で書きます。計測の設計は、AIに聞けば手順まで出ます。

詰まるのは社内の合意形成と検証の時間です。この構造はAI時代にコンサルへ発注する意味は、知識ではなく時間だったに書きました。

ここから先は、自社のデータを見ないと決まりません

上の式を埋める前に、次の3つを自分で見てください。ここが出るまで、稟議の緊急度は判断できません。

  1. 広告管理画面のコンバージョン数と、GA4のコンバージョン数の乖離。 同じ期間・同じCVで並べます。1割以内なら、計測は最優先課題ではないかもしれません。倍以上違うなら、③の4がそのまま起きています
  2. 自動入札に預けている広告費の年額と、その割合。 手動入札中心なら③の4の論法は使えません。別の文脈で通す必要があります
  3. 直近1年でタグを触った回数と、その記録が残っているか。 記録がないなら、それが③の3の証拠そのものです

よくある反論への回答

「新しい計測ツールを入れれば解決するのでは?」

しません。ツールは、送られてきたデータを処理する装置です。ブラウザ上で何が起きたかを検知する部分は、どのツールも代替しません。

sGTMの提案書を書いたとき、「できること」と並べて「できないこと」の欄をわざわざ作りました。SPAのページビュー検知、クロスドメインのパラメータ管理、dataLayerの設計。この3つは、サーバー側の装置を足しても残ります。

「代理店がやってくれるのでは?」

代理店は、自分が運用している媒体のタグは見ます。私自身、代理店経由で支援に入っている案件があるので、そこは断言できます。ただし、媒体をまたいだ整合性は、構造的に誰の担当でもありません

Google広告とMeta広告で代理店が別なら、コンバージョン定義がずれていても、どちらの成果指標も悪化しません。悪化するのは両方を足して見ている側だけで、それはたいてい社内の担当者です。

「そもそも、今は困っていない」

冒頭の部長も、困っていなかったわけではありません。乖離の調査を依頼するほどには困っていました。信じられなかったのは、原因が計測の側にあるという結論のほうです。

困っていないのではなく、困りが数字になっていないだけです。上のチェック1を10分で見てください。乖離が小さければ、この記事は忘れてもらって構いません。


稟議を書く前に、現状を並べる材料が要ります。GA4の設定状況を10項目でチェックできる無料チェックリストを用意しています。上のチェック1・3はここで確認できます。

無料チェックリストをダウンロードする

自社の場合、③の4つのうちどの文脈で通すのが現実的か。社内の状況を話しながら整理したい方は、30分の無料相談も受け付けています。

無料相談を予約する(30分・オンライン)